福岡県八女市上陽町の星野川には、上流から一連、二連、三連、四連の眼鏡橋があり
それらを総称して「ひふみよ橋」と呼ばれています。
今回はその四つの橋を訪れてみました


橋長45.5m 幅3.9m アーチ径12m
橋本勘五郎の弟子である萩本卯作などの手により完成した石橋で
八女の石工たちにより、その技術が受け継がれています
下流側にコンクリート橋があり
今でも一車線分の自動車道橋として使用されています
____________________________________________________________
④ よ
宮ヶ原橋(みやがはるばし)

車は通行不可で 歩行者用の橋となっています

平成24年(2012年)の九州北部豪雨で大きな被害を受けましたが
平成30年(2018年)に復旧され、中州は公園化されています
それらを総称して「ひふみよ橋」と呼ばれています。
今回はその四つの橋を訪れてみました
① ひ
洗玉橋(せんぎょくばし)
洗玉橋(せんぎょくばし)

ひふみよ橋の中で一番最初に架けられた一連(単アーチ橋)の眼鏡橋です
明治26年(1893年)架橋
橋長32.5m 幅5m 径間22m

肥後の石工 橋本勘五郎により架橋されたもので
橋中央部には赤で「肥後上益城矢部吹上兄弟橋」
と名前が刻まれた要石があります。
橋長32.5m 幅5m 径間22m

肥後の石工 橋本勘五郎により架橋されたもので
橋中央部には赤で「肥後上益城矢部吹上兄弟橋」
と名前が刻まれた要石があります。
吹上兄弟橋とは熊本県にある通潤橋を示し
兄弟橋であるということを意味しています

現在の欄干部は平成になって作り直されたもので
同じ頃に架橋当時の欄干部が下流で発見されています
石橋を見てまわる川辺の道さるこ
「ひふみよ橋コース」にもなっています
________________________________________
② ふ
寄口橋(よりぐちばし)
橋長42.0m 幅6.6m アーチ径16.5m
大正9年(1920年)架橋

自動車道橋として現在も使用されています
近くには「ホタルと石橋の里公園」があり
市指定有形文化財の洗玉橋欄干部分発掘遺物が屋外展示されています
案内板によりますと
昭和7年(1932年)頃に荷馬車などの往来の際、木材などが欄干に当たり
崩落し流失したと記されています
その後、コンクリートや鉄骨などで再建されましたが
平成7年(1995年)に阿蘇凝灰岩の石材で作り直されました
その年から平成13年(2001年)にかけて
当時の崩落した欄干などが
護岸工事の際に発見されたそうです
___________________________________________________
③ み
大瀬橋(だいせばし)
大正6年(1917年)架橋
兄弟橋であるということを意味しています

現在の欄干部は平成になって作り直されたもので
同じ頃に架橋当時の欄干部が下流で発見されています

石橋を見てまわる川辺の道さるこ
「ひふみよ橋コース」にもなっています
________________________________________
② ふ
寄口橋(よりぐちばし)
橋長42.0m 幅6.6m アーチ径16.5m
大正9年(1920年)架橋

自動車道橋として現在も使用されています

近くには「ホタルと石橋の里公園」があり

案内板によりますと
昭和7年(1932年)頃に荷馬車などの往来の際、木材などが欄干に当たり
崩落し流失したと記されています
その後、コンクリートや鉄骨などで再建されましたが
平成7年(1995年)に阿蘇凝灰岩の石材で作り直されました
その年から平成13年(2001年)にかけて
当時の崩落した欄干などが
護岸工事の際に発見されたそうです
___________________________________________________
③ み
大瀬橋(だいせばし)
大正6年(1917年)架橋

橋長45.5m 幅3.9m アーチ径12m

橋本勘五郎の弟子である萩本卯作などの手により完成した石橋で

八女の石工たちにより、その技術が受け継がれています

下流側にコンクリート橋があり
今でも一車線分の自動車道橋として使用されています
____________________________________________________________
④ よ
宮ヶ原橋(みやがはるばし)

橋長46.5m 橋幅3.6m 径間9.0m
上陽町で最も長い石橋です
上陽町で最も長い石橋です

車は通行不可で 歩行者用の橋となっています

平成24年(2012年)の九州北部豪雨で大きな被害を受けましたが
平成30年(2018年)に復旧され、中州は公園化されています





コメント